■祭殿
 発掘調査によって、中央集落の中央部分に大型掘立柱建物跡が4棟並んで発見されました。当初は4棟とも同時期に建っていたのではという想定をしていましたが、整備復元をする際に再検討し、2棟毎の建て替えと考える方が現時点では妥当であろうということで、2棟のみ復元し残る2棟は柱の位置だけを示すこととしました。
 建物の性格は、集落における祭殿として神殿的機能と首長儀礼殿的機能という設定をしています。この集落の最も中心的な建物であり、象徴的な存在であったのではと考えています。

祭 殿

首長館

■首長館
 この建物はすぐ横にある竪穴住居と対で、この集落の首長の居所という設定をしています。竪穴住居が寝所的な利用をし、首長館については公的な場所、政(まつりごと)を行う場所ということです。
 調査時点では、この建物の周辺から小形彷製鏡が出土していることから、楼閣(ろうかく)といった高床の建物を想定しました。しかし、柱の間隔などがやや不規則であることから、規則的に床を支える必要のない平地式の建物として復元しました。

■住居
 当時の人々が住んでいたには、竪穴住居といわれる家です。地面に四角い穴を掘ってそこに柱を2本立てて、屋根を地面まで葺きおろしたつくりになっていました。
 掘り下げられた床には、中央に炉(火を使った跡)があり、壁際には床面より一段高くなったベットのような段差がつくられていました。当時の人々は、このベット部分で寝ていたのかもしれません。
 炉の上には、調査では確認されていませんが、火棚を設けています。炉で扱う火が屋根に燃え移らないようにするものです。

■高床倉庫
 中央集落の南には、環濠で囲まれた高床倉庫群がありました。当時の貴重な保存食料である米などを保管していたのでしょう。
 倉庫は建物の重量が重くなるため、柱が沈んで建物が傾かないように柱の底には礎板(そばん)が敷かれていました。また床下にはネズミ返しも付けられていました。
 倉庫には、柱が六本・四本の二種類があり、四本柱の倉庫は奄美大島などの民俗例を参考に屋根倉の形態で復元しました。

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