| 1.黒門&長屋門 |
| 黒門 |
| 戦国時代には秋月氏古処山城の搦手(からめて)の門(裏門)であったものと伝えられていますが、江戸時代に黒田氏が秋月入封のおり、移築して追手門(大手門=表門)としました。秋月中学校西側の濠に大手門跡があり(瓦坂の奥)、位置が推定できます。廃藩後は、垂裕神社の神門として現在の位置に移転されました。本瓦藁切妻造りの屋根が樫を材とした薬医門となっています。 |
| 昭和36年4月18日 県指定有形文化財 |
| (変遷) |
| 戦国時代→秋月氏古処山城の搦手門(裏門)→恵観院(八丁坂の麗=潭空庵の下)付近 |
| 江戸時代→黒田氏秋月城の追手門(大手門=表門)→秋月中学校西側の濠に痕跡あり |
| 明治以降→垂裕神社の神門→垂裕神社の参道 |
| 長屋門(裏御門) |
| 江戸時代の建造物で「御館門(おやかたもん)」と称され、藩主のお館への通用門でした。すぐ南側の黒門とともに、秋月城の面影をしのぶきちょうな建造物です。また、古城にふさわしい建物、石段、石垣が歴史の深さをかもし出します。切妻桟瓦葺・2間半の通りをはさんで南側7間・北側6間。嘉永3年(1850)の建築。秋月城の面影を最も伝える遺構です。 |