光月流太鼓  
1.光月流太鼓(こうげつりゅう)
寛永元年(1624)福岡藩主黒田長政の3男長興(ながおき)が秋月に入封のとき、家臣(警固精之進といわれている)が、ある満月の夜に月光に照らされて打った太鼓の桴の影から編み出したとされる曲打ちです。「光月」の名は、藩主長興の御意を得てつけたもの。山鹿流陣太鼓の乱れ調子を基礎としていると言われ、一の桴(流れ星)から十の桴(月の光)までを陰陽の桴で打ち分け、桴に険を含まず、規定に相違なきことを固く戒めています。

昭和43年、江川ダム建設に伴って実施した江川地区の緊急民俗調査の際に伝承者が発見され、その後、各方面の努力によって秋月中学校のクラブ活動に取り入れられて保存がされるとともに、昭和60年には地元秋月の婦人会が「秋鼓会」を結成し、保存されています。
毎年4月の秋月春祭り、9月の秋月観月会で演奏を聴くことができます。宴席で打つことは禁じられており、必ず宴の前に披露されます。
1の桴 流れ星(人の出生)  2の桴 前結び(人が世の中に踏み出す) 3の桴 さぎ波(人生は海に浮かぶ小舟の如し) 4の桴 死−打たない  5の桴 1つ星(人は神を拝む定め) 6の桴2つ星・夫婦星 7の桴 乱れ星(人生の七転八起) 8の桴 回り星(人生の病災をのがれる) 9の桴 満月(人としての悪心を投げ改める) 10の桴 月の光(夫婦仲良く無事息災に暮らす)
昭和49年1月10日 甘木市指定無形文化財








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