10月19日朝倉町恵蘇八幡宮 秋の大祭の様子です。町の無形民俗文化財の獅子舞や毛槍行列などが行われました。

■恵蘇八幡宮の由来■
西暦661年5月9日、百済救援のために朝倉橘広庭に遷られた斉明天皇は、病気と長旅の疲労のため同年7月24日、御歳68歳で崩御された。7日後の8月1日、皇太子中大兄皇子(後の天智天皇)は、母の御遺骸を一時朝倉山上(御陵山)に御殯葬になり、御陵山の山腹(現在の八幡宮境内)に木皮のついたままの丸木の柱を立て、板を敷き、芦の簾を掛け、苫をふき、あばらなる屋に、魂を枕にし、1日を1ケ月に代えて12日間喪に服されたといわれ、この地は「木の丸殿」「黒木の御所」と呼ばれるようになった。喪に服された皇太子は「朝倉や木の丸殿に我居れば名乗りをしつつ 行くは誰が子ぞ」という歌を読まれた。また、筑後川のほとりで名月を観賞され、心の痛みを癒されたと伝えられている。(月見の石)




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